〝情動調整″とは、簡単に言うと様々な感情を外側(外的)からあるいは内側(内的)からコントロールすることを言います。
例えば、子どもが学校でうまくいかないことがありその悔しい思いを母に打ち明けて悔しい思いをなだめてもらうこと(外的なコントロール)や、自分の不安な気持ちに向き合うために自分自身を励ます言葉をかける(内的なコントロール)などがあります。
外的なコントロールは、外的調整(external regulation)と言い、内的なコントロールは内的調整(internal regulation)と言います。
一般的に私たちは、養育者など大人によって気持ちをなだめてもらうなど外的調整を基盤として、それが後に内的調整へと発達していくと考えられています。
一方で、自閉症児者の中には、情動調整に困難さを抱えるケースが多く存在すると言われています。
それでは、なぜ、自閉症の人たちは情動調整に困難さを抱えるのでしょうか?
そこで、今回は、自閉症の情動調整の困難さについて、臨床発達心理士である著者の経験談も交えながら考えを深めていきたいと思います。
今回参照する資料は「子安増生(編)(2016)「心の理論」から学ぶ発達の基礎-教育・保育・自閉症理解への道-.ミネルヴァ書房.」です。
自閉症の情動調整の困難さについて
以下、著書を引用しながら見ていきます。
情動の外的調整を困難にする要因には、感覚過敏・感覚鈍麻だけでなく、自閉症児者の社会的刺激への反応傾性(たとえば人の顔、声、動きなどに半ば自動的に注意を向ける能力)の弱さ、それによって引き起こされる周囲の大人の養護性(たとえば、子どもをかわいいと感じ、ケアしようという欲求をもつこと)の育ちにくさなど、複数の要因が関連して存在している。
著書の内容から、自閉症児者の情動調整の困難さには、外的調整を困難とする主に三つの要因があると考えられています。
1.感覚調整の問題(感覚過敏・感覚鈍麻)、2.社会的刺激への反応の弱さ(人に自然と注意を向ける傾向の弱さ)、3.1と2が引き金となり起こる養護性の育ちにくさ(子どもが可愛い・ケアしようという動機づけ)などが主な要因とされています。
さらに、著書の中では、こうした外的調整の困難さ以外にも、情動共有経験の乏しさが生じることも危惧しています。
情動共有経験とは、養育者などと、様々な感情を共有することを指します。
例えば、子どもが笑ったら母親が笑い返す、またその逆のパターンもあるなど互いの感情が通底する(通じ合う感覚)ということです。
つまり、外的調整の困難さに加え、情動共有経験の乏しさが情動調整能力の障害を生むという発達のプロセスがあると考えられています。
そして、自閉症児者の情動調整の困難さは以上のプロセスから生じると言われています。
著者の経験談
著者はこれまで療育現場を通して様々な自閉症の子どもたちと関わってきました。
その中で、関わりが難しいと感じたケースは上記に記載した情動調整に困難さを抱えた子どもたちです。
例えば、思い通りならいと直ぐにかんしゃくを起こす、自傷や他害などが見られる、一人大声で泣き続けるなどの行動特徴が見られ、著者があやしても気持ちがなかなか落ち着かない場合が多くありました。
こうした子どもたちの背景には、自閉症の人たちによく見られる感覚過敏の問題が多く見られていました。
例えば、著者があやそうとして抱きかかえようとすると、皮膚接触が苦手なため拒絶されてしまうことも多くありました。
また、社会的刺激への反応の弱さもあります。
例えば、著者が遊びに誘ったり声をかけても反応が乏しい、一人遊びが多く、要求以外(とって欲しいもののお願いなど)の発信が少ないことも特徴として見られました。
そして、困っていても、人を求める傾向が弱い、あるいは独特な行動を取るなどの特徴もありました。
このように、感覚の問題や社会的刺激への反応の弱さがあると、確かに養育者との関係を発達させることが難しい場面が多くなっていきます。
そして、何かマイナスな感情が生起した場合、その感情を外的にも内的にもコントロールすることは難しくなるのだと思います。
さらに、関わりの質が発展しにくいということは、情動調整の困難さだけではなく、情動共有経験を積み重ねていくことも難しくなっていきます。
こうした事例に出会ったことは、著者のこれまでの経験上多くありますが、自閉症の特性を理解し関わり方を工夫していくことで情動調整能力も高まってくことも実感としてあります。
この点についてはまた別の記事で書こうと思います。
以上、【自閉症の情動調整の困難さについて】療育経験を通して考えるについて見てきました。
情動調整の力は、人が自分の気持ちを調整する力のため、日々の様々な場面で必要となります。
自閉症の人たちは、情動調整に困難さを抱えるケースも多いとされていますが、まずは困難に至るメカニズムを把握していくことが大切であると思います。
私自身、まだまだ未熟ではありますが、今後も療育現場で行動上の難しさの背景にもしっかりと目を向けていきながら、根拠に基づく支援を目指していきたいと思います。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
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子安増生(編)(2016)「心の理論」から学ぶ発達の基礎-教育・保育・自閉症理解への道-.ミネルヴァ書房.