「〝心の理論″とは、他者の意図、欲求、願望、信念、知識といった心の状態を推論する能力」のことを言います。
心の理論の力を支援するためには、物語の力が大切だという考え方があります。
それでは、心の理論の発達にとって、物語の力はどのような意味で大切となるのでしょうか?
そこで、今回は、心の理論の発達について、物語の視点を通して考えを深めていきたいと思います。
今回参照する資料は「子安増生・郷式徹(編)(2016)心の理論 第2世代の研究へ.新曜社.」です。
心の理論の発達:物語を通して考える
著書の中では、多くの子どもたちは物語を通して心の理解といった内面を成長・発達させると記載されています。
以下、著書を引用しながら見ていきます。
絵本、漫画、小説、テレビドラマ、映画なんかを通して、心を理解(表象)するための法則の基盤となるようなロールモデルを学び、他者を理解する方法を内面化するということです。
心の理論というのは法律の条文みたいなものではなくて、物語のような姿をしているのではないか、ということです。誤信念課題は、自分と他者の知っていることが違っていて、そして自分の知っていることを知らないと他者がどう振る舞うかという物語です。
著書の内容から、人が心の理解を学習していく際には、物語の力が基盤となりそこで見たもの、読んだ話のストーリーがロールモデルとして内面化されると考えられています。
もちろん、心の理論の発達は実際の対人場面での学習も多くありますが、物語の力も心の理論の発達に寄与していると言えます。
心の理論の課題には〝誤信念課題″が使用されます。〝誤信念課題″とは、他者が持つ誤った心情を理解できるかどうかを問う課題です。
例えば、AさんがしまっておいたおやつをBさんが別の場所に隠した場合に、Aさんはこの事実を知らないため、もとの場所にしまってあるという〝誤信念″を持っているという理解ができるかどうかを問うものです。
こうして〝誤信念課題″について見ると、著書にあるように、〝誤信念課題″は、物語の構図を取っていることがわかります。
つまり、物語には、様々な人物から見た視点があり、ある人物の視点からみると他の人物は知らないこと・誤った理解をしているということがよくあります。
このように、物語では、様々な人物の心の状態を理解していきながら、他の人物との関係性を理解していくなど、非常に〝誤信念課題″に類似した場面が多く出てくるように思えます。
そのため、物語の力をかりることで心の理論の成長・発達を促進させることができるという考え方は理に適っていると感じます。
著者の経験談
著者もこれまでの経験を振り返って見ると物語の力によって様々な状況において人はどのような心の状態になるのか?そして、様々な状況において人物関係がどのように形成され発展していくのか?といったことを理解する力がついたと感じます。
もちろん、現実場面での心の理解に関する学びがベースにはなっていると思えますが、物語には、自分が体験できない世界観が描かれています。
また、そこに出てくる人物たちも自分と同じような考えや思考を持っているわけではありません。
そのため、物語といった仮想された世界に接続することで、人間が持つ善悪などの道徳・倫理観、笑いや冗談、うそやほんとう、など非常に深い所から表面上のやり取りまで様々な心の状態を学ぶことができます。
中でも、古典には、人間が極限の状態でどのような判断をするのかという道徳観・倫理観が描かれていることがあります。
著者は昔、ドストエフスキーの「罪と罰」を読み自分が経験したことがない大きな問題にぶつかった際に、そこに出てくる人たちはどういった心の状態になり、そして、どのような行動をとるのかという非常に深い問題を考えるきっかけになったことを今でもよく覚えています。
覚えているのは話の内容というよりも、人間の心がもつ複雑さを感覚的・直感的に学ぶことができたということの方が大きかったと思います。
このように、著者の経験からも、物語の力は人の心の複雑さ・広さを学ぶためにとても重要なものだと思います。
以上、【心の理論の発達について】物語の視点を通して考えるについて見てきました。
私たちの周囲にはたくさんの物語で溢れています。
私たちは物語を通して人の心を学んでいくことができます。
そして、一人ひとりが生きる人生も物語の一つです。
私自身、まだまだ未熟ではありますが、今後も自分が後悔しないような自分自身の物語を作り続けていきたいと思います。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
関連記事:「【心の理論の育て方について】療育経験を通して考える」
子安増生・郷式徹(編)(2016)心の理論 第2世代の研究へ.新曜社.