「〝心の理論″とは、他者の意図、欲求、願望、信念、知識といった心の状態を推論する能力」のことを言います。
自閉症(自閉症スペクトラム障害:ASD)の人たちは、心の理論の獲得に困難さがあると言われています。
知的に遅れのない自閉症においては、心の理論の獲得時期が9歳頃(言語発達年齢)といったことが分かっています。
また、自閉症児の心の理論を獲得するプロセスは定型発達児と比べて異なることも分かってきています。
それでは、自閉症が心の理論を獲得する上でどのようなことが困難に繋がる要因と考えられているのでしょうか?
そこで、今回は、自閉症の心の理論獲得の困難さについて、〝暗黙的心理化″といったキーワードを例に考えを深めていきたいと思います。
今回参照する資料は「子安増生・郷式徹(編)(2016)心の理論 第2世代の研究へ.新曜社.」です。
〝暗黙的心理化″とは何か?
著書の中では、〝誤信念課題″に類似した課題を子どもたちに示すことで〝暗黙的心理化″について説明しています。
その課題内容とは、ある映像を見せることで子どもたちの視線の動きを測定するというものです。
ある映像とは、登場人物がある物を探そうとしている状況であり、登場人物が次にどこを探そうとしているのかを子どもたちの視線の動きから見るという内容になっています。
ちなみに、この課題では、サリーとアンの課題などの〝誤信念課題″同様に、登場人物がある物を隠しておいた後、他の人物がその物を別の場所に移し替えたという内容になっています。
以下、著書を引用しながら見ていきます。
もし子どもが場所Xを有意に長い時間注視すれば、その子どもは、登場人物が次に場所Xを探すことを予期している、つまり今は対象がない場所Xにそれが存在すると誤って信じていると考えられます。つまり暗黙的(implicit)ではあるが、他者の心を推論していると想定できるのです。
著書の内容から、視線の動き(予期的注視)を通して、言葉による説明をしなくても、人は〝暗黙的″に他者の心の状態を推論しているということが分かります。
つまり、〝暗黙的心理化″とは、ある状況から他者の心の状態を言語で説明するというものではなく、〝何となく直感的にわかる″〝直感的に相手の意図や心情が予測できる″といったものなのだと考えられます。
自閉症の心の理論獲得の困難さについて
〝暗黙的心理化″は、著書の内容によれば、1歳過ぎの定型発達児でも可能だと実験から分かっています。
つまり、心の理論の獲得時期である4~5歳頃よりもだいぶ前から定型発達児は〝暗黙的心理化″を持っていると言えます。
確かに、発語がほとんどない発達段階の子どもにおいても、母親など大人が見てる視線をモニターする様子が見られます。
つまり、母親が見る視線の先に何かがあるということ、そして、その視線の先の対象を母親が意図して見ているという理解ができるということです。
一方で、自閉症の場合では、例え〝誤信念課題″に通過した場合でも、〝暗黙的心理化″を持っていないこと、つまり、予期的注視が見られないことが分かっています。
自閉症児は、共同注視など他者と視線を共有したり、他者の視線を追視することが少ないと言われています。
そのため、他者が何か意図を持って(心を持って)視線を向けているということになかなか気づきにくいということが定型発達児との違いとして見られます。
つまり、自閉症の人たちは、他者の心の状態の理解を〝暗黙的心理化″にはよらず、命題的心理化(AだからBと考えるなど)によって理解する傾向があるということです。
そのため、自閉症の人たちは、心の理論の獲得が困難(暗黙的心理化を持たずに命題的心理化による理解をしている)だということになります。
以上、【自閉症の心の理論獲得の困難さについて】〝暗黙的心理化″を例に考えるについて見てきました。
自閉症の人たちの中には、特定の興味関心に没頭し、社会の中で成果を出している人たちもいます。
こうした状態に至る一つの要因が、他者の心の状態に注意が向きにくいことがあるのかもしれません。
そのため、心の理論の獲得の困難さは、社会の中で成果を出すなど別の視点で見るとポジティブな力になることも考えられます。
大切なことは、お互いの長所・短所を理解し、互いに協力していくことだと思います(実際、課題は多くあると思いますが・・・)。
私自身、まだまだ未熟ではありますが、今後も自閉症の人たちへの理解を深めていきながら、より良い実践を目指していきたいと思います。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
関連記事:「【自閉症者の心の理論の特徴について】自閉症者はどのように心を理解しているのか?」
関連記事:「【心の理論から見た他者理解のプロセス】自閉症を例に考える」
子安増生・郷式徹(編)(2016)心の理論 第2世代の研究へ.新曜社.