自閉症児との関わりの中で、意思疎通の難しさで悩んだことはありませんか?
なぜ、他人の思いがうまくくみ取れないのか?
なぜ、自分の一方的な視点で話を続けようとするのか?
こうしたコミュニケーションの難しさの背景には、〝心の理論″の理解に弱さがあるのかもしれません。
かつての著者も、自閉症児との関わりにおいて、意思疎通の難しさから会話のやり取りで様々な苦労をしてきました。
今回は、現場経験+理論+書籍の視点から、自閉症児への心の理論の支援アプローチのヒントをお伝えします。
※この記事は、臨床発達心理士として10年以上療育現場に携わり、修士号(教育学・心理学)を有する筆者が執筆しています。
目次
1.心の理論の弱さに関するエピソード
2.心の理論を理解する理論・書籍
3.支援の経過と結果
4.まとめ
1.心の理論の弱さに関するエピソード
今回は、自閉症児のA君(当時、小学校1年生)の放課後等デイサービスでのエピソードを紹介します。
当時のA君は、集団遊びに興味があるも、他者の意見や思いなどをうまく読み取ることが難しく、自分のやりたいように遊びを進めようとすることが多く見られていました。
そんな時に、他児が意見を口にしても、〝いやだ!僕は○○のようにして遊びたい!″と頑なでした。
また、A君が一緒に遊びたい他児がおり、その他児を遊びに誘って断られた際に、イライラしたり、時には、泣き出すこともありました。
もちろん、その他児には、他にやりたいことがあり、そのことを伝えたとしても、A君は〝どうせ○○君は僕のことが嫌いなんだ!″と誤って解釈する様子が多々ありました。
A君にとって他者と遊びたい思いが高まる中で、うまく意思疎通ができないもどかしさが様々な場面で見られていました。
著者はA君に、他者は様々な意図や思いを持ちながら行動していることをどのように伝えるべきか試行錯誤していました。
つまり、心の理論の弱さをどのように支援していくべきかという課題だと言えます。
2. 心の理論を理解する理論・書籍
当時の著者は、自閉症児(者)には、心の理論に弱さが見られることは知っていましたが、具体的にどう理解し、どう支援していくのかがうまく捉えられていませんでした。
そんな時に、心の理論を理解する重要な視点に出会うことができました。
それは、自閉症児は定型発達児と異なるプロセスで他者の心を理解しているといった視点です。
この点に関して詳しく紹介されている書籍①②は以下です。
書籍①「子安増生(編)(2016)「心の理論」から学ぶ発達の基礎-教育・保育・自閉症理解への道-.ミネルヴァ書房.」
書籍②「子安増生・郷式徹(編)(2016)心の理論 第2世代の研究へ.新曜社.」
それでは、書籍①を引用しながら、自閉症児と定型発達児の心の理論の理解の違いについて見ていきます。
心の理論(theory of mind)は本来その用語が示すように、認知的な心(mind)を扱うものである。
一方実際の生活では、認知的な心だけでなく、相手が自分の言動を嫌がっている、あることを考えて嬉しいと思っているという、情動(emotion)を伴った心を理解する場面が少なくない。
自閉症児者とかかわる際に、何か通じ合えない違和感を持つことの多くは、この情動的な心における通じ合えなさに拠っているのである。
〝心の理論″とは、「他者の意図、欲求、願望、信念、知識といった心の状態を推論する能力」のことを指します。
簡単に言えば、他者の心の状態を理解することですが、理解の過程において、1:情動的な心→2:認知的な心、といったプロセスがあります。
そして、定型発達児においては、1と2の二つを通して他者の心の状態を推測しているのに対して、自閉症児は2:認知的な心が優位に働いた状態で他者の心を推測しているといった違いがあると考えられています。
つまり、情動的な心といった感覚的・直感的な気持ちの理解以上に、認知的な心といった言葉的・ロジック的に他者の心の状態を推測しているといった違いです。
自閉症児が心の理論の課題をクリアするためには、言語の発達が重要だと考えられています。
この点も踏まえると、自閉症児はより言葉を使って他者の心の状態を理解していることがわかります。
著者はこの視点を学んだことで、自閉症児(者)は、言葉に強く依存した方法で他者の気持ちを理解しているといった気づきを得ることができました。
次に、心の理論への支援アプローチに関して参考になった書籍として以下のものがあります。
「下山晴彦(監修)(2018)公認心理師のための「発達障害」講義.北大路書房.」
以下、著書を引用しながら支援のポイントについて見ていきます。
・求められる支援
①他者の視点取り
②他者と自己の思考・感情・行動の関連の理解
〝①他者の視点取り″とは、自分と他者は異なる心を持った存在であることの理解を促すためにも、他者の心の状態を言葉にして伝えていく必要があるということです。
〝②他者と自己の思考・感情・行動の関連の理解″とは、自他の心の状態は、思考と感情と行動とが繋がり合っているということを伝える必要があるということです。
著者は、先に見た自閉症児が認知的な心の理解の比重が強いことから、言葉を通して、様々な他者の心の状態を伝えたり、言葉を通して、心の状態は思考と感情と行動とが関連しているということを意識して伝える重要性を学ぶことができました。
もちろん、この他にも、〝ソーシャルストーリー″など、視覚的なツールを活用した支援法もあります。
関連記事:「【自閉症への支援】ソーシャルストーリーを例に考える」
さらに、最近では〝ソーシャルシンキング″といった考えも広がってきています。
関連記事:「【自閉症児への支援】ソーシャルシンキングを例に考える」
また、物語の視点を通して、心の理論を育む視点も大切だと考えられています。
関連記事:「【心の理論の育て方について】療育経験を通して考える」
3.支援の経過と結果
その後、A君に対して、他者の視点を言葉で伝えること、そして、思考・感情・行動に分解して他者の心の状態を伝える工夫をしていきました。
例えば、〝B君は、A君とは違い○○の遊びが大好きでいつもやっているから、A君の遊びの誘いを断ったのだと思う。だから、A君のことが嫌いではないと思うよ。″や〝A君はうまくC君と遊べたね。楽しかったよね!C君もA君に誘われて嬉しかったと思うよ!″など、様々な他者の視点を言葉で伝えていきました。
こうした支援の継続の結果、A君は人には人それぞれの様々な心の状態があるということが少しずつ分かっていきました。
例えば、〝B君はたぶん○○について考えていたから、遊びに混ざらなかったんじゃないかな″や〝C君は○○のことでイライラして怒ったんじゃないかな″など、他者の視点取りが言葉を通してよく見られるようになりました。
また、自分の心の状態についても、言葉でうまく表現する様子が出てきました。
例えば、〝今日はB君と○○して遊べて楽しかったな!″や〝C君にあのとき○○と言われて少し嫌な気持ちになったな″など、自分の気持ちに関しても言葉で表現する様子が増えていきました。
大切なことは、様々な自他の視点を言葉にしていく日々の積み重ねだと思います。
そして、その前提として、安心できる環境の中で、豊かな他者との交流の機会を多く作り出すことが必要だと思います。
4.まとめ
自閉症児(者)は、心に理論に弱さを持っています。
そして、定型発達児とは異なるプロセスで他者の心の状態を理解していると考えられています。
中でも、認知的な心といった言語に強く依存した理解の仕方をしています。
そのため、支援で大切なことは、他者の視点取り、自他の心情を思考・感情・行動に分解して言葉、あるいは視覚的なツールを活用して教えていくことにあります。
また、他者と関わることは安心でき楽しいものであるといった他者との関わりに対する動機付けも併せて大切な視点だと言えます。
書籍紹介
今回取り上げた書籍の紹介
- 子安増生(編)(2016)「心の理論」から学ぶ発達の基礎-教育・保育・自閉症理解への道-.ミネルヴァ書房.
- 子安増生・郷式徹(編)(2016)心の理論 第2世代の研究へ.新曜社.
- 下山晴彦(監修)(2018)公認心理師のための「発達障害」講義.北大路書房.
心の理論に関するお勧め書籍紹介
関連記事:「心の理論に関するおすすめ本【初級~中級編】」
自閉症に関するお勧め書籍紹介
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