ワーキングメモリ(working memory)といった概念が、教育領域、発達障害領域で注目されるようになってきています。
ワーキングメモリとは、簡単に言えば脳のメモ帳のことです。
私たちは、日々の生活の中で、様々なことを記憶に留めながら生活しています。
それでは、ワーキングメモリとは、具体的にどのような機能を指すのでしょうか?
また、学習や様々な発達障害との関連性に関してどのように考えられているのでしょうか?
そこで、今回は、ワーキングメモリの概要について、ワーキングメモリの機能や活用されているモデル、学習や様々な発達障害との関連性について理解を深めていきたいと思います。
今回参照する資料は「トレイシー・アロウェイ・ロス・アロウェイ(著)湯澤正道・湯澤美紀(監訳)上手幸治・上手由香(訳)(2023)ワーキングメモリと発達障害[原著第2版]: 教師のための実践ガイド.北大路書房.」です。
ワーキングメモリの機能
ワーキングメモリ(working memory)とは、情報を記憶し、処理する能力のことを言います。脳のメモ帳とも言われています。
私たちは、人が話した内容を一時的に記憶し操作したり、映像などの視覚的な情報を一時的に保持し操作することが可能であり、この時にワーキングメモリを活用しています。
前者を言語性ワーキングメモリ、後者を視空間性ワーキングメモリと言います。
学校の授業で考えると、言語性ワーキングメモリは、指示を覚えたり、言葉を学んだり、文章を理解するときなどに使用しています。
一方で、視空間性ワーキングメモリは、出来事の系列、パターン、イメージを覚え、数学を学ぶときなどに使用しています。
関連記事:「【言語性ワーキングメモリとは何か?】学習活動との関連性について考える」
関連記事:「【視空間性ワーキングメモリとは何か?】学習活動との関連性について考える」
ワーキングメモリのモデル:ハデリーとヒッチのモデル
ワーキングメモリで有名なモデルに、ハデリーとヒッチのモデルがあります。
このモデルでは、ワーキングメモリを3つの要素から構成しています。
1つ目に、注意をコントロールし、高次の処理に関わる中央実行系になります。
中央実行系の下位システムとして、視空間性の情報の保持を担う視空間性スケッチパット(視空間的短期記憶の働き)と、言語の情報の保持を担う音韻ループ(言語的短期記憶の働き)があります。
このモデルから、視空間性ワーキングメモリを説明すると、中央実行系と視空間性スケッチパットが共働した状態を指し、言語性ワーキングメモリは、中央実行系と音韻ループが共働した状態になります。
ワーキングメモリと短期記憶は似た概念ですが、このモデルを見ると、短期記憶(視覚・言語)は、ワーキングメモリを構成するため、ワーキングメモリの一部ということになります。
学習との関連性:学習のピラミッドモデル
学習において、学習のピラミッドというモデルがあります。これは、ピラミッドの最上位に位置する、読み、書き、算数の学習を高めるためには、その下に位置する、行動、IQ、ワーキングメモリが影響するという図になっています。もっも根底にあるのがワーキングメモリになります。
一見すると、学習に最も影響を与えそうな要素として、IQと考える人も多いと言われていましたが、ワーキングメモリの研究者たちは、学業成績を既定する最大の要因にワーキングメモリが挙げられるということを実証しました。
つまり、学業成績を決めていたのは、IQではなく、ワーキングメモリの得点であり、ワーキングメモリが小さいと、読み、書き、算数へのつまずきが見られました。IQは学業成績と何ら関係がなく、ワーキングメモリこそが学業成績を決定づけるスキルでした。
こうした知見から、学校での学習(読み、書き、算数など)において、ワーキングメモリを高める必要があるということがわかってきています。
現在、日本では本格的にワーキングメモリの能力を測定するということは少ないのが現状です。心理検査での活用が高いWISCなどにおいては、下位検査にワーキングメモリを測定する内容もありますが、あくまでも言語性ワーキングメモリに関する能力の測定になります。
ワーキングメモリと様々な発達障害との関連性
ワーキングメモリは、自閉症やADHD、学習障害、発達性協調運動障害などによってプロフィールに違いがあるとされています。
プロフィールの違いを知ることで、様々な発達障害に応じた支援方法に繋げていくことができます。
プロフィールの違いに関する記事を以下に紹介します。
関連記事:「【ワーキングメモリと自閉症の関係について】療育経験を通して考える」
関連記事:「【ワーキングメモリとADHDの関係について】療育経験を通して考える」
関連記事:「【ワーキングメモリとディスレクシアの関係について】弱さ・強さの特徴について考える」
関連記事:「【ワーキングメモリと発達性協調運動障害の関係について】困難な特徴について考える」
著者のコメント
私自身も現場で様々な発達障害の人たちと関わる機会があり、その中には、言語・視覚の情報を一時的に保持し、その情報を操作するワーキングメモリに苦手さが見られる人たちが多くいます。
そのため、彼らにどのような情報を、どの程度提示すればよいのか、それも、言語情報なのか視覚情報が良いのかを試行錯誤しています。
ワーキングメモリなど認知機能は人によって様々です。
今後も、発達支援の現場において、ワーキングメモリなど認知特性への理解や配慮なども視野に入れながらより良い支援を目指していきたいと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
関連記事:「実行機能とワーキングメモリの関係」
ワーキングメモリに関するお勧め書籍紹介
関連記事:「ワーキングメモリに関するおすすめ本【中級編】」
トレイシー・アロウェイ・ロス・アロウェイ(著)湯澤正道・湯澤美紀(監訳)上手幸治・上手由香(訳)(2023)ワーキングメモリと発達障害[原著第2版]: 教師のための実践ガイド.北大路書房.