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【自閉症児の心の読み取りはどこまで可能か?】研究知見から限界と可能性について考える

投稿日:2023年5月8日 更新日:

「〝心の理論″とは、他者の意図、欲求、願望、信念、知識といった心の状態を推論する能力」のことを言います。

自閉症(自閉症スペクトラム障害:ASD)の人たちは、心の理論の獲得に困難さがあると言われています。

一方で、自閉症児は様々な経験や支援を受けることで心の読み取りの力も高まっていくと言われています。

 

それでは、自閉症児の心を読み取る力に限界はあるのでしょうか?

 

そこで、今回は、自閉症児の心の読み取りはどこまで可能かについて、研究知見を踏まえて、その限界と可能性について考えを深めていきたいと思います。

 

 

今回参照する資料は「子安増生(編)(2016)「心の理論」から学ぶ発達の基礎-教育・保育・自閉症理解への道-.ミネルヴァ書房.」です。

 

 

自閉症児の心の読み取りはどこまで可能か?

著書の中では、これまでの自閉症児への心の理論の研究を踏まえて、以下、〝5つ″の限界と可能性について言及しています。

それでは、著書を引用しながら見ていきます。

 


まず、「心の理論は教えることができるのか?」その答えは限定つきで「はい」だろうか。

 

著書の中では、心の理論の課題である〝誤信念課題″に通過できることは自閉症児においても可能だとする見方から、心の理論を教えることは限定付きで可能だとしています。

しかし、〝誤信念課題″以外に必要とされる心の状態を読み取る力となるとわからない点が多くあります。

例えば、〝直感的心理化″や〝暗黙的心理化″などに見られるような人の心の状態を直感的にわかることは自閉症児おいては難しいと考えられています。

 


次に、「どのような教え方が有効か?」。これも十分な知見の蓄積がなく、さまざまな介入法の効果に関する系統的なレヴューやメタ分析などもなされていないため明らかでない。

 

著書の中では、具体的な心の理論を獲得する、あるいは、心を理解する力を高める方法などは研究されていますが、この点については明らかになっていないことが現状だとされています。

介入に関する研究の中でも、一定の効果があるものもありますが、まだ十分な根拠となるものはないとされています。

 


次の問いは「教えることで獲得された心の理論は自然に獲得されたものと同じように用いられるのか?」(中略)これは今のところ「いいえ」。

 

著書の中では、心の理論の課題に正答できても、自閉症児は日常生活の中で意識的・自発的に他者の心の状態を読み取ろうとする傾向が少ないとされています。

つまり、介入によって心の理論を獲得できても、定型発達児のように自然と身に付いたものとは異なると情報処理をしていることが考えられます。

例えば、定型発達児は他者の視線の動きに無意識的に注意を向ける傾向があります。そのため、日頃から他者の心の状態に目を向けやすいと言われています。

一方で、自閉症児は心の理論などに見られるように、人に注意を向ける状況を周囲が整えていく中で〝誤信念課題″などに正答できる所もあるため、そもそも人に注意が向きにくい、そして、人のどの部分に注意を向ければいいかわからないといった違いがあります。

そのため、心の理論を獲得しても、その根底にある他者の心の状態を読むメカニズムは定型発達児が自然と獲得するものとは異なるのだと考えられます。

 


そして、自閉症児は心の理論を獲得すると、社会的行動やコミュニケーション行動に変化が起こるか。これは「いいえ」でもあり「はい」でもある。

 

著書の中では、心の読み取り指導を自閉症児に行っても、その効果は日常会話にまでは及ばないとされています。つまり、この意味では「いいえ」ということです。

しかし、その人なりに他者の心の状態を読み取ろうと意識している行動も見られるようになったなどの効果も見られるとしています。つまり、この意味では「はい」といえます。

私たちの日常会話は非常に複雑ですので、心の読み取り指導を行っても般化できるには難しい点が多くあるかと思います。

一方、他者の心の状態の読み取りが多く見られるようになったなどポジティブな効果を見られるようになったなどの知見もあることから、まだまだわかっていない点もあると言えます。

 


最後の問い。「心の理論を獲得できる場合とできない場合があるなら、何が獲得を可能にするのか」。その最も有力な候補は言語力である。

 

著者の中では、自閉症児が心の理論を獲得できるかどうかの最も有力な要因は言語力だとされています。

先に見た、自閉症児は〝誤信念課題″を〝直感的心理化″や〝暗黙的心理化″によらず、言語を介してロジックに理解していることが様々な研究から分かってきています。

こうした理解の仕方を〝命題的心理化″と言いますが、自閉症児が〝誤信念課題″を通過できるようになるのが、言語発達年齢9歳頃だと言われています。

つまり、○○だから○○の気持ちになっている、○○だから○○しようといった意図がある、など〝命題的心理化″、つまり、言語力によって論理的に他者の心の状態を推論していることから、心も理論獲得において、言語の発達がカギを握っているということが考えられます。

 

 


以上、【自閉症児の心の読み取りはどこまで可能か?】研究知見から限界と可能性について考えるについて見てきました。

今回は著書に記載されている5つの視点から自閉症児の心の読み取りについて見てきました。

振り返って見ると、分かってきている部分もありながらも、まだまだ未解明な所も多くあると言えます。

私自身、まだまだ未熟ではありますが、今後も心の理論の研究動向を抑えていきながら、研究知見を現場に応用する力を磨いていきたいと思います。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

 

 

関連記事:「【心の理論から見た他者理解のプロセス】自閉症を例に考える

関連記事:「【自閉症の心の理論獲得の困難さについて】〝暗黙的心理化″を例に考える

 

子安増生(編)(2016)「心の理論」から学ぶ発達の基礎-教育・保育・自閉症理解への道-.ミネルヴァ書房.

-心の理論, 自閉症

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