「〝心の理論″とは、他者の意図、欲求、願望、信念、知識といった心の状態を推論する能力」のことを言います。
自閉症(自閉症スペクトラム障害:ASD)の人たちは、心の理論の獲得に困難さがあると言われています。
その中で、獲得時期や獲得のプロセスは定型発達児とは異なるものの、自閉症児は心の理論を獲得すると言われています。
心の理論が発達することは一見すると肯定的な捉え方ができますが、逆にマイナスな行動反応も出てくると言われています。
それでは、心の理論が発達することで、自閉症児にとってどのようなマイナスとなる行動特徴があるのでしょうか?
そこで、今回は、自閉症児の心の理論が発達することで生じる困り感について、臨床発達心理士である著者の経験談も交えながら理解を深めていきたいと思います。
今回参照する資料は「藤野博(2023)自閉症のある子どもへの言語・コミュニケーションの指導と支援.明治図書.」です。
自閉症児の心の理論が発達することで生じる困り感について
以下、著書を引用しながら見ていきます。
心の理論の発達、つまり他者の視点に立てるようになることは、人が自分のことをどう見ているかに気づくことにもつながります。自閉症のある子は、心の理論を獲得すると不安が高まったり、情緒が不安定になったりすることがあります。物事の感じ方やふるまい方などが他の子と違っていたり、話がかみあわなかったりすることに敏感になるのです。
知的に遅れのない自閉症児が心の理論を獲得する時期は9歳前後と言われています。つまり、小学3年生前後になります。
この時期から少しずつ他者の行動の意図や考え・思いなどの心の状態を推測できるようになると言われています。
そして、著書にあるように、自閉症児が心の理論を獲得することで、不安感が高まるなど情緒が不安定になることがあると記載されています。
その理由として、周囲への理解が高まること(心の理論の発達)で生じる自分と周囲との違いの認識です。
自閉症児は物事の感じ方・捉え方が独特の部分があるため、こうした自分を周囲はどのように見ているのかが気になってくると考えられています。
仮に、周囲との関係で失敗経験が多い子どもの場合には、周囲からの発言や視線を過剰に意識するなど否定的に捉えてしまう傾向があると著書には記載されています。
そのため、自閉症児において、心の理論の発達はすべてが肯定的されるものではなく、困り感が生じるなどマイナスな行動も見られるため、所々で周囲の理解やサポートが必要になっていくるということです。
著者の経験談
著者が関わってきた自閉症児の中にも心の理論が発達することで否定的な行動特徴が出てきた子どもたちもいます。
例えば、少し本児が気になる発言を周囲の人から言われると過剰に気にする、例え、その発言が周囲の人からすれば冗談や肯定的な意味で言っていた場合でも、何か引っかかりがあると情緒が不安定になることがあります。
情緒が不安定になる子どもの特徴としても、これでの経験で失敗が多かったケースや周囲の理解やサポートが得られていなかった場合に多く見られると感じています。
つまり、心の理論が発達していく過程の中で、関わる周囲の人たちが子どもの自己肯定感を育む関わり、そして、周囲の人とうまくいく(距離の取り方なども含め)関係づくりなどをコーディネートしていくことがとても重要になってくると思います。
心の理論の発達に伴う否定的な行動特徴は思春期以降にさらに強まるようにも感じています。
適切な周囲の理解やサポートが得られなかった成人の方々の過去の経験談を聞くと、周囲と本人の違いに苦しんでいた話をよく聞きます。
中でも、今回見てきたような周囲が向ける発言や眼差しを否定的に捉えていたエピソードなどもよく聞きます。
そのため、心の理論の発達に伴う周囲との関係づくりや自己理解は生涯において大切な視点だと思います。
以上、【自閉症児の心の理論が発達することで生じる困り感について】療育経験を通して考えるについて見てきました。
心の理論の獲得により他者の心の状態が理解できるようになることは、自他を理解すること、そして、人との関わりが広がる大切な発達です。
一方で、今回見てきたように、発達の中にはネガティブな側面もあるという理解も併せて抑えていくことも必要だと感じています。
私自身、まだまだ未熟ではありますが、今後も子どものたちの育ちに少しでも貢献していけるように、発達過程で獲得する能力の意味を深く探求する目を磨いていきたいと思います。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
関連記事:「【自閉症の人は自分の気持ちに気づきにくい?】自閉症の心の理論の特徴について考える」
藤野博(2023)自閉症のある子どもへの言語・コミュニケーションの指導と支援.明治図書.