
〝境界知能″とは、〝知的機能が平均以下であり、かつ「知的障害」に該当しない状態″の人たちのことを指します。
IQ(知能指数)で言うと、70~84のゾーンに当たります(71~85と記載されている文献もあります)。
境界知能の人の認知特性の一つとして、〝記憶″の問題があると言われています。
それでは、境界知能の記憶にはどのような問題があるのでしょうか?
また、どのような支援方法があるのでしょうか?
そこで、今回は、境界知能の記憶の特徴について、臨床発達心理士である著者の経験と考察も交えながら、記憶の4つの問題と支援方法について理解を深めていきたいと思います。
※この記事は、臨床発達心理士として10年以上療育現場に携わり、修士号(教育学・心理学)を有する筆者が執筆しています。
今回参照する資料は「宮口幸治(2025)境界知能 存在の気づかれない人たち.扶桑社新書.」です。
境界知能の記憶の4つの問題について
著書には〝境界知能の記憶の問題″について、次の4つを上げています(以下、著書引用)。
・符号化の問題
・短期記憶の容量の問題
・ワーキングメモリ
・記憶の方略の問題
それでは次に、以上の4つについて具体的に見ていきます。
1.符号化の問題
私たちは、外界の情報を受け取る際に、「感覚記憶→短期記憶→長期記憶」の3つの順で情報を処理・記憶しています。
用語説明
感覚記憶・・・視覚・聴覚・触覚などの感覚情報を短時間(数秒程度)保持する記憶
短期記憶・・・一時的(数秒~数分程度)な情報を保存する記憶
長期記憶・・・数分から一生にかけて保持される記憶
情報の〝符号化″とは、「感覚記憶→短期記憶」に移行する際の記憶を指します。
境界知能の人は、〝符号化″に問題があります。つまり、外界の情報を深く意味づけることを苦手としたり、その行為に時間がかかります。
〝符号化″に問題があると、例えば、新しい情報を直ぐに忘れる、なかなか覚えられないといった生活上の困り感が出てきます。
2.短期記憶の容量の問題
以下、著書を引用しながら見ていきます。
容量が小さく衰退も早い。処理情報の効率化が遅れるため、ここにも影響を及ぼす。空間的位置記憶は比較的保たれる
短期記憶には、一定の容量があると言われています(7プラスマイナス2チャンクと言われている)。
境界知能の人は、記憶の容量が小さいため、一度に記憶できる情報量が少なく、一度記憶した情報を取り出すことも苦手とするなど、情報処理の効率化にネガティブな影響があります。
一方で、視覚に関する記憶(空間的位置記憶)には問題が見られない可能性が示唆されています。
3.ワーキングメモリ
〝ワーキングメモリ(working memory)″とは、情報を記憶し、処理する能力のことを言います。〝脳のメモ帳″とも言われています。
つまり、記憶だけではなく、一時的に記憶しながら処理すること、例えば、目で見た情報を保持しながら、情報を処理する(図形問題の展開図・回転図など)ことを苦手としています。
境界知能の人は、ワーキングメモリに課題があるため、様々な情報処理の向上に課題が生じることで学業全般にネガティブな影響が生じると考えられています。
4.記憶の方略の問題
〝記憶の方略″とは、例えば、必要な情報を何度も言葉でくり返して覚える(リハーサル)、様々な情報を関連付けて覚える(体制化)など、記憶の仕方を指します。
この点に関して、境界知能の人は、自発的に記憶方略を実行する苦手さがあると考えられています。
そして、自発的な記憶の方略を発動させるためには、ある程度の言語能力の発達が重要になるため、言語能力の遅れもまた記憶の方略の問題と関連づいていると言えます。
境界知能の記憶の支援方法について
以下、著書を引用しながら見ていきます。
知的障害があっても視覚記憶や長期記憶は定型児と大きく変わらないことから、視覚的に工夫した教材を使ったり繰り返し指導(過剰学習)したりすることは長期記憶の移行に有用だと考えられます。これは、境界知能に限らず、定型児への支援でも同様です。
子ども自身に記憶のための方略を促す指導は効果的とされています。
著書のあるように、境界知能児・知的障害児であっても、一度、長期記憶に保持されれば定型児とある程度同じであると考えられています。
つまり、長期記憶の構造は大きく変わらないため、どのようにして(どの記憶方略を使って)長期記憶に情報を保持する回路を形成していくかが支援上重要だと言えます。
例えば、視覚的支援、リハーサルなどの方法があり、中でも、子どもに覚え方・記憶の仕方を促すアプローチは有効だとされています。
著者の経験談
それでは、次に、境界知能の人を例(ここでは仮名Aさんとします)に、どのような記憶の問題があり、それに対してどのようなアプローチが有効であったのかについて見ていきます。
Aさんは、境界知能水準の知的レベルであり、ワーキングメモリ、中でも視空間性ワーキングメモリに大きな課題を抱えていました。
例えば、作業など完成させる工程を他者がモデリングしている様子を見ても、視覚情報の保持が弱いため、自分がどこまでの作業工程をやっていたのかがわからなくなることがよくありました。また、手先の不器用さも見られていました。
こうしたAさんに対して、次のようなアプローチが効果的でした。
それは、一つひとつの作業能力の熟達化です。
つまり、何かを作る過程において、様々な能力が必要になります。
例えば、書く、切る、折る、結ぶ、引くなど、手先の力、手と目の協応動作が作業には求められます。
時間はかかりますが、Aさんは地道に同じ動作を繰り返すことで徐々に作業能力が向上していきました。
それによって、これまで意識的にやっていた作業が自動化される部分が増えていきました。
その結果、記憶に関しては、〝手続き的記憶″の力が高まったと考えられます。
次に、作業のプロセスを細かく可視化したことです。
作業には様々な工程があります。
視覚的な記憶を苦手とするAさんにとって、一度に多くの工程を記憶することは大変でした。
そのため、写真やイラストなど視覚情報をヒントに、工程を細分化していくことを実施していきました(短期記憶・ワーキングメモリの負荷を軽減)。
その結果、Aさんは、作業工程を少しずつかつ着実に理解・定着していく様子が増えていきました。
さらに、反復していくことで工程が自動化されていく様子も出てきました。
この変化は、記憶に関しては、〝長期記憶″の力が高まったと考えられます。
そして、ここで重要なことは以上の2つのアプローチはAさん自身が困り感の末に工夫して身につけた〝記憶の方略″だったということです。
つまり、学習において大切なことは、変化への意思・動機だと言えます。
以上、【境界知能の記憶の特徴】記憶の4つの問題と支援方法について考えるについて見てきました。
境界知能の記憶の特徴は〝軽度知的障害″からヒントを得ているものも多くあります。
それは、境界知能の研究自体が少ないことが影響しています。
今回見てきた境界知能の記憶の特徴は、人によってバラつきがあることが想定されるため、個々に応じた記憶の特徴を理解していきながら、支援方法を探求していくことが大切だと言えます。
私自身、まだまだ未熟ではありますが、今後も境界知能の人への理解を深めていきながら、実際の支援に活かしていきたいと思います。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
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宮口幸治(2025)境界知能 存在の気づかれない人たち.扶桑社新書.