心の理論(theory of mind)とは、他者の考えや感情を推測する力のことであり、自閉症(ASD)の理解において重要な概念の一つだと考えられています。
一方で、「具体的にどのような特徴があるのか」「どのように支援すればよいのか」といった点は分かりにくい部分も多いのではないでしょうか?
かつての著者も、療育現場にどのようにして心の理論の視点を活用していけば良いか思い悩むことが多くありました。
本記事では、心の理論の基本的な意味から発達の流れ、自閉症(ASD)における特徴、そして療育現場で実践されている支援のポイントまでを体系的に分かりやすく解説します。
※本記事は、臨床発達心理士として10年以上療育現場に携わり、修士号(教育学・心理学)を有し、発達障害に関連する大量の書籍を読んできた筆者が執筆しています。
心の理論の理解と支援の全体マップ
本記事では、心の理論の理解と支援に関して、以下の6つの章に分けて解説していきます。
1.心の理論とは何か
2.心の理論の発達について
3.自閉症の心の理論の特徴
4.心の理論から見た療育・支援のポイント
5.まとめ
6.参考書籍紹介
心の理論とは何か
私たちは、日々の生活の中で様々な人の行動の背景にある「意図」「気持ち」などを直感的に読み取っています。こうした心の働きを「心の理論」と呼んでいます。
定義的な説明をすると「〝心の理論″とは、他者の意図、欲求、願望、信念、知識といった心の状態を推論する能力」と言えます。
「心の理論」でいう「理論」とは、心とは目に見える現象という側面よりも目には見えない心の中で構成される理論といった性質が強いこと、一度、理論が構成されると人の行動予測がしやすくなるからだと考えられています。
心の理論の理解を測るテストとして「誤信念課題」があります。中でも有名なものとして「サリーとアンの課題」などがあります。「誤信念課題」とは簡単に言えば、「他者の心を理解する能力を調べる課題」です。
誤信念課題に関して詳しくはこちらで紹介しています:「【心の理論とは何か?】誤信念課題が示す「人はどうやって心を読むのか」」。
心の理論の発達について
心の理論の発達には、大きく次の3つの過程があると考えられています。参照記事はこちらとなっています:関連記事:「【心の理論の発達】3つの段階(萌芽・一次・二次)をわかりやすく解説」。
定型発達児において、「心の理論の萌芽(9か月頃)」、「一次の心の理論の発達(4~5歳頃)」、「二次の心の理論の発達(6~9歳頃)」の発達過程があると考えられています。
「心の理論の萌芽(9か月頃)」とは、心の理論の萌芽となる時期であることから、潜在的なレベルで人の心に注意を向け理解する様子が見られます。中でも有名な行動として「共同注意行動」があります。
「共同注意」に関して詳しくは、こちらで紹介しています:関連記事:「【共同注意とは何か?】三項関係・9カ月革命・社会的参照をキーワードに考える」。
「一次の心の理論の発達(4~5歳頃)」とは、心の理論を獲得する時期(誤信念課題に正当する時期)であり、この時期には、他者の行動の背後にある意図や心情などに注意を向け、他者の行為の意味を理解することができるようになります。
「二次の心の理論の発達(6~9歳頃)」とは、複雑な人物間での心の状態が理解できるようになり、例えば、一次の心の理論の理解とは、私は「Aさんは○○と思っている」といったある人物の心の状態を推論する力であるのに対して、二次の心の理論の理解とは、私は「AさんはBさんが○○を知っている」と思う、といった複雑な心の状態(入れ子構造とも言える)を推論する力だと言えます。
二次の心の理論の獲得により、嘘や冗談、道徳の発達や思いやりといった向社会的の発達がより顕在化してくると考えられています。
心の理解と関連性のある嘘の発達過程についてはこちらで紹介しています:関連記事:「【〝うそ″はどのように発達するのか?】心の理論の視点から考える」。
心の理論と関連のある道徳の発達についてこちらで紹介しています:関連記事:「【二次の心の理論の発達について】道徳的な判断を例に考える」。
心の理論の発達は「好きな人と心を通い合わせたい」「誰かの役に立ちたい」といった社会的な動機が基盤となっていること、誤信念課題への通過に目を捉われずに今を生きる子ども独自の成長に目を向けることが大切です。
自閉症の心の理論の特徴
「自閉症の心の理論の発達」と「自閉症の心の理解の情報処理過程」には定型発達児・者と異なる特徴があると考えられています。
自閉症の心の理論の発達
まずは、自閉症の心の理解の発達について見ていきます。
自閉症が対人コミュニケーションの問題を生じる一つの要因として「心の理論の理解の弱さ」があると考えられています。
中でも、心の理論の発達が遅れる、さらには特徴的な発達を遂げると言われています。
自閉症児が心の理解を獲得する上で重要になるのが「言語発達」です。
先に見た「一次の心の理論」の獲得時期は、定型発達児が4~5歳頃であったのに対して、自閉症児は9歳を超える頃、詳しくは「言語発達年齢が9歳を超える頃」が獲得時期だと考えられています。
つまり、自閉症児が他者の心の状態を理解する上で「言語発達」が重要な役割を担っていると言えます。
さらに、発達初期に遡ると、自閉症児は他者と情動共有や視線の共有が難しいことも、特徴的な発達を辿る要因に繋がっていると言えます。
また、自閉症の人たちは、「心の理論の理解の弱さ」に加え、「自己の心の理論にも障害がある」と考えられるようになってきています。詳しくはこちらで紹介しています:関連記事:「【自閉症と心の理論】“他人だけでなく自分も分かりにくい”は本当か?」。
自閉症の心の理解の情報処理過程
次に、自閉症の心の理解の情報処理過程について見ていきます。
心の理論の理解(「誤信念課題」の理解)には、次の発達過程があると考えられています。
「1.誤信念課題そのものに誤答するレベル」→「2.誤信念課題には正答できるが理由づけはできないレベル(直感的心理化)」→「3.誤信念課題も理由づけも正当できるレベル(命題的心理化)」の3つの過程です。
定型発達児・者においては、1→2→3といった順で発達していきます。
一方で、自閉症児・者においては、1→3に移行していく、つまり、2の段階を飛ばして3の順で発達していきます。
つまり、この違いは、自閉症の人の心の理解の情報処理過程は、他者の心の状態を直感的に推論しているわけではなく(直感的心理化を介さず)、「言語」を通して他者の心の状態を推論するなどロジックによって理解しているといったことが示唆されています。
先に見た、自閉症が他者の心を理解する上で「言語発達」が重要な役割を担っている背景として、こうした理由があると考えられています。
定型発達児・者と自閉症児・者の情報処理過程の違いについては以下の記事を参照して頂ければと思います。
関連記事:「【心の理論】他者理解はどのように進むのか?定型発達のプロセスを解説」
関連記事:「【心の理論】他者理解はどのように進むのか?自閉症におけるプロセスを解説」
その他、心の理解の処理として、「自動的処理」と「意識的処理」の視点があります。
「自動的処理」とは、情動や身体模倣など原初的な他者理解、「意識的処理」とは、心の理論などに見られる他者の心の状態の推論による他者理解を示しています。
定型発達児・者は「自動的処理」→「意識的処理」といった発達過程を辿るのに対して、自閉症の人たちは定型発達の人と比べると、「情動的な心」の「自動的処理」に障害があるため、言語能力の発達に伴い、「認知的な心」の「意識的処理」を独自に形成すると考えられています。
「心の理論」は、「認知的な心」といった「意識的処理」を扱うものであり、自閉症児・者は言語を介して他者の心の状態を推論できるようになる一方で、「情動的な心」といった「自動的処理」の問題から言葉を介さずとも何となく通じ合えている感覚に違和感が生じることが多いと言えます。
2種類の心の理解の情報処理については以下の記事を参照して頂ければと思います。
関連記事:「【心の理解の2つの処理】自動的処理と意識的処理はどう異なるのか?自閉症と定型発達の比較」
関連記事:「【自閉症の心の理論】認知的な心と情動的な心の違いから困難さを理解する」
もう一つここで抑えておきたい用語として「暗黙的心理化」があります。
「暗黙的心理化」とは、「ある状況から他者の心の状態を言語で説明するというものではなく、何となく直感的にわかる、直感的に相手の意図や心情が予測できる」といったことを指しています。
暗黙的心理化を測るには、「予測的注視」の有無を見る必要があり、例えば、他者が次の行動に移ろうとしている状況に対して、他者の視線をモニターするような注視が見られるかを調べる方法があります。
自閉症児・者には、この「予測的注視」が見られないことから「暗黙的心理化」以外の方法で他者の心の状態を推論している(命題的心理化:AならばBだと考えるなど)ことが示唆されています。
暗黙的心理化に関して詳しくは以下の記事で紹介しています。
関連記事:「【自閉症の心の理論】暗黙的心理化の困難さとは?誤信念課題との違いから考える」
心の理論から見た療育・支援のポイント
ここでは、著者が「療育現場でよく活用している支援方法」と、「その他の支援方法」とに分けて解説していきます。
療育現場でよく活用している支援方法
著者が療育現場でよく活用している支援方法として、「他者の視点の理解」と「独自の内的世界への寄り添い」があります。
「他者の視点の理解」としては、日々の生活の中で他者の行動の意図や気持ちなど、目には見えない心の状態について言葉で分かりやすく伝えていくことが有効です。
他者の視点の理解を促すための基盤として、他者と関わりたいといった動機を作り出していきながら、他者との交流の機会を豊富に持つ必要があります。その上で、様々な文脈で他者との関わりで困り感が生じることがあります。困り事を解消していくためにも、目には見えない他者の心の状態について言葉などを中心に分かりやすく伝えていくことが大切です。
同時に、他者との関わりの中で、自分がどのように考え・感じたのかを言葉にしていくこともまた必要な取り組みだと言えます。
著者はこれまで多くの自閉症児と関わる機会がありましたが、「他者の視点の理解」には、まずは他者と関わりたい、他者のことをもっと知りたい(あるいは自分のことをもっと知ってもらいたい)といった気持ちが必要であり、その中で、日々の言葉による他者の視点の伝達が、少しずつではありますが、様々な他者の心的理解に繋がっていくのだと感じています。
「独自の内的世界への寄り添い」としては、自閉症の人たちの独自の世界観を大切に、その世界に寄り添い、少しずつ歩み寄りながら、共有体験を豊富にもつことが大切です。
先に見た、他者と関わりたいといった社会的動機を高めていくためにも、自閉症児・者の独特な世界観に寄り添い・共感するといった姿勢は非常に重要です。
著者は独自の世界に寄り添っていく中で、少しずつ、自閉症児の方からこちらに興味関心を分かり合いたいといった気持ちが高まっていくことを、これまで多く経験することができました。そして、興味関心を分かち合う過程の中で、他者は自分とは異なる心を持つ存在だという理解が進んでいったように思います。
こうした他者と興味関心を共有することは、「共同注意」を促すことだとも解釈でき、「共同注意」は「心の理論」の理解の基盤ともなっているため、「心の理論」の理解においてとても重要なポイントだと感じます。
「心の理論」への支援についてはこちらの記事がお勧めです:関連記事:「【気持ちを読み合う力をどう育む?】自閉症児への心の理論の支援アプローチ」。
その他の支援方法
ここでは、「物語の力」と「ESMD」について紹介します。
「物語の力」は、「心の理論」の理解を育む上で大切だと考えられています。心の理論の理解において、言語能力を育てることが重要であることはこれまでの章で見てきました。そして、言語能力を育てる上で、「物語の力」例えば、お話、絵本、小説、ドラマ、映画、メディアなどが重要だと言えます。
物語を通して、現実とは異なる様々な状況において、人がどのように考え・感じて生きているのかを思考する練習ができます。つまり、物語のストーリーがロールモデルとして内面化されていく経験を通して、現実の生活場面においても般化する可能性が大いにあるのだと考えられます。
「物語の力」の重要性についてはこちらで紹介しています:関連記事:「【心の理論の育て方】療育現場で実感する「物語」の力」。
「ESMD(The early start Dever Model)」とは、社会的動機づけ理論のことを指しています。ESDMによる早期の療育は潜在的な心の理論の獲得にもポジティブな影響を与えると考えられています。つまり、発達早期から他者に関心を持つような支援が大切だと言えます。
「ESMD」の視点で言えば、例えば、子どもが好むスキンシップなどの身体遊び、おもちゃ遊び、興味のある話の共有など、子どもの発達段階や興味関心の違いによって様々な支援内容が想定できます。
そして、関心を持った他者と関わる中で、豊富な情動共有の機会を持っていくことが大切だと言えます。
「ESMD」についてはこちらで紹介しています:関連記事:「【自閉症児の心の理論】ESDMに学ぶ支援のポイントと社会的動機づけの重要性」。
まとめ
心の理論は他者の心の状態(気持ち・意図・知識など)を推論する力です。
自閉症児・者は「心の理論の理解の弱さ」があり、心の理論の発達過程や他者の心の状態の理解(情報処理過程)において、定型発達児・者と異なる特徴があります。
中でも、言語に依存した他者の心の理解を示していることが大きな特徴の一つだと言えます。
そのため、支援のポイントでは、言葉によって他者の心の状態の理解を促していくこと、自閉症の独特な世界観に寄り添いながら興味関心を分かち合う経験を積み上げていくことが大切です。
参考書籍紹介
今回の記事内容をさらに深める上でお勧めする書籍紹介記事を以下に載せます。
心の理論を含め発達障害領域を網羅的に学びたいと考えている人には次の書籍紹介記事がお勧めです:関連記事:「臨床発達心理士が厳選:発達障害を理解するための体系的読書ガイド【完全版】」。
心の理論の理解に関するお勧め書籍紹介はこちらで紹介しています:「【臨床発達心理士が厳選】心の理論に関するおすすめ本:初級~中級者向け」。
自閉症の理解に関するお勧め書籍紹介はこちらで紹介しています:「【臨床発達心理士が厳選】自閉症に関するおすすめ本:初級~中級者向け」。
今回取り上げた「自閉症児の心の理論の理解と支援」を含めた自閉症に関するまとめ記事を以下で紹介しています。
関連記事:「自閉症(自閉スペクトラム症:ASD)の理解と支援:療育実践を踏まえて解説【完全版】」

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