〝ワーキングメモリ(working memory)″とは、情報を記憶し、処理する能力のことを言います。〝脳のメモ帳″とも言われています。
ワーキングメモリの機能として、〝言語性ワーキングメモリ(言語的短期記憶)″と〝視空間性ワーキングメモリ(視空間的短期記憶)″とがあり、両者を統合する司令塔的役割が〝中央実行系″と言われています。
中でも、ワーキングメモリは不安症(群)と関連性があることが研究により分かってきています。
それでは、不安症(群)の人たちは、ワーキングメモリにどのような特徴があるのでしょうか?
そこで、今回は、ワーキングメモリと不安症(群)の関係について、臨床発達心理士である著者の考えも交えながら理解を深めていきたいと思います。
今回参照する資料は「トレイシー・アロウェイ・ロス・アロウェイ(著)湯澤正道・湯澤美紀(監訳)上手幸治・上手由香(訳)(2023)ワーキングメモリと発達障害[原著第2版]: 教師のための実践ガイド.北大路書房.」です。
ワーキングメモリと不安症(群)の関係について
以下、著書を引用しながら見ていきます。
心配(worry)は、不安症群の基本的な特徴です。心配とは、心和むことがなく、気にかかる問題に執着するといった特徴があります。
不安はワーキングメモリに打撃を与えます。つまり、複雑な情報を一度に処理することをむずかしくするのです。
著書の内容から、不安症(群)の基本的な特徴は、〝心配″に常に意識が向いてしまうことがあります。
そして、こうした特徴があるとワーキングメモリにもネガティブな影響を与えると考えられています。
例えば、学校の授業で気持ちが落ち着いた状態と、〝心配″した状態では集中力など学習のパフォーマンスが変わってきます。
心が穏やかな状態であれば、取り組む学習課題に集中して向き合うことができます。
一方で、〝心配″に気を捉われていると、新奇な情報を処理するのに時間がかかり(文章をはやく読解したり文章をはやく書くなど)、そして、情報の更新もまた難しさが生じてきます(新しい知識の獲得など)。
それでは、不安症(群)の人はワーキングメモリにどのような特徴を示すのでしょうか?
以下、引き続き著書を引用しながら見ていきます。
不安症群の低学年の子どもにおいて、言語性ワーキングメモリの脆弱さが共通の特徴としてみられます。彼らが成長しても、しばしば成人期までその傾向は持続します。
著書の内容から、不安症(群)の人たちのワーキングメモリの特徴は〝言語性ワーキングメモリ″の困難さがあると考えられています。
〝言語性ワーキングメモリ″に脆弱さが見られる要因として、不安は言語によって処理されるからだと考えられています。
一方で、不安症(群)の人たちの視空間性ワーキングメモリには問題はないと言われています。
著者の経験談
著者の身近にも不安傾向が強く見られる人たちがいます。
それは子どもから大人まで様々です。
こうした人たちを見ていると、実際にはもっと能力を発揮しても良いと思う場面でも、不安に支配されている面が強いため、情報処理や更新に支障が見られることがあります。
例えば、普段著者と二人のやり取りでは何ら問題がなく(心配を抱えていない、あるいは少ない状態の時)作業を進めることができていても、心配から生じる疲れや緊張、イライラ感、睡眠の問題などが長く続くと、作業が非常にゆっくりであったり、新しい作業を覚えることが難しくなるといった印象があります。
こうした例を見ると、改めて人の心の状態とパフォーマンス(ワーキングメモリの働き)は関連するのだと感じます。
著者自身の経験でも、何か気がかりなことがある時の方が、パフォーマンスが低下していると感じます。
何か気になることがあり、そのことに気を捉われ過ぎてしまうことで、課題そのものに集中して取り組めなくなることがあります。
何か頭がうまく働いていない、思うように機能していないといった背景には、少なからず心配から生じるワーキングメモリの機能の低下が影響しているのかもしれません。
以上、ワーキングメモリと不安症(群)の関係について見てきました。
ワーキングメモリの機能の低下には発達特性以外にも不安症など心理的要因も影響していることが最近の研究結果から分かってきています。
私自身、まだまだ未熟ではありますが、今後もワーキングメモリへの理解を深めていきながら、療育現場で実行できる取り組みを試行錯誤していきたいと思います。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
参考となる書籍の紹介は以下です。
関連記事:「ワーキングメモリに関するおすすめ本6選【中級編】」
トレイシー・アロウェイ・ロス・アロウェイ(著)湯澤正道・湯澤美紀(監訳)上手幸治・上手由香(訳)(2023)ワーキングメモリと発達障害[原著第2版]: 教師のための実践ガイド.北大路書房.