療育をしていると、姿勢の悪さやバランスの悪い子どもたちが多くいます。
例えば、バランスボールや平均台などにうまく座る・立つことが難しいなどがあります。
感覚統合の領域では、上記のような状態には「前庭感覚(前庭覚)」といった感覚の苦手さが作用していると考えられています。
前庭感覚(平衡感覚)とは、人間の五感(視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚)以外で大切な感覚です。
それでは、前庭感覚(平衡感覚)とは一体どのような感覚なのでしょうか?
そこで、今回は、感覚統合で大切な前庭感覚(平衡感覚)について、臨床発達心理士である著者の経験談も交えながら考えを深めていきたいと思います。
今回参照する資料は「土田玲子(監修)石井孝弘・岡本武己(編集)(1998)感覚統合Q&A 改訂第2版 子どもの理解と援助のために.協同医書出版社.」と「木村順(2006)子育てと健康シリーズ㉕:育てにくい子にはわけがある:感覚統合が教えてくれたもの.大月書店.」です。
感覚統合で大切な前庭感覚(平衡感覚)について
以下、著書を引用します(土田,1998)。
前庭感覚とは、地面の傾きや重力、加速の情報を伝える感覚のことです。
前庭感覚の最も重要な役割は、自分のからだが空間の中でどこにいるのか、どちらに動いているのか、地面とどんな関係にあるのかを感じ取り、他の感覚が働く基礎をつくることです。
著書にあるように、前庭感覚(平衡感覚)とはバランス感覚のことであり、ほとんどが無意識に働いている感覚です。
私たちが、平衡感覚(バランス感覚)を保とうとすることは、考えてみるとほとんどが無意識的な運動が支えになっていることがわかります。
例えば、急な坂道でバランスを取りながら登ったり、平均台でバランスを取りながら渡ろうとするときに、体の傾きがこのくらい傾いているからバランスを取るためにこのくらい姿勢を正そうなどとは意識しないと思います。
自然と体の傾きを感じることで、バランスを維持しようとしている無意識の働きが支えとなっているはずです。
こうした前庭感覚を支えている部分は、耳の中でも「内耳」と言われる所がセンサーの役割となっています。
また、前庭感覚がうまく働いていないと、目が回りにくいなどの特徴が見られます。
自閉症の人たちによく見られますが、こうした特徴があると逆に、注視や追視など、目で特定の対象を凝視したり、目で物の動きを追うなどが苦手な傾向があります。そして、人と目を合わせることの難しさなどの眼球運動の問題も見られます。
さらに、著書の中では、前庭感覚(平衡感覚)と多動の関連を以下のように指摘しています(木村,2006)。
私たちの脳は、「感覚情報が不足している」と感じたときに、足りない分を補おうとする行動をつくり出します。
「感じ方の鈍さ」というものは、概して「自己刺激行動」をつくり出しやすいのです。
「平衡感覚の鈍さ」がベースにあると、「姿勢の崩れ」や「眼球運動」の問題にとどまらず、平衡感覚の「自己刺激行動」が生じやすくなります。
自己刺激行動の例としては、自分の体をコマのようにクルクル回したり、高い所に登っては飛び降りるなどがあります。
こうした行動は、周囲から多動で落ち着きのない子と見られるかもしれませんが、感覚統合理論から不足した感覚情報を取り込むための行動(自己刺激行動)として考えられています。
それでは次に著者の経験談から前庭感覚についてお伝えしていきます。
著者の経験談
著者がこれまで関わってきた子どもたちの中には、前庭感覚の問題を抱えてる人たちが多くいたように思います。
その中で、姿勢の悪さやバランスの悪さなどは、比較的周囲も気づきやすく理解も得られやすいものだと感じます。
一方で、前庭感覚の問題から生じていると考えられる多動はなかなか理解を得られにくいように思います。
前述した例にもあったように、著者が関わってきた子どもたちの中には、高い所が大好きで際限なく登れるところまで登ろうとする子もいたり、高い所からジャンプ大好きな子もいました。
こうした行動は周囲からすると危険行為とみなされ、止められることもよくありました。
著者も感覚統合理論を学ぶまでは、なぜこのような危険行為を取っているのかがわからずに非常に苦労したことを今でもよく覚えています。
しかし、その中で、子どもたちの行動の背景には何か要因があるという仮説を立てることで、感覚統合理論の中の、前庭感覚の内容を読んで非常に腑に落ちました。
つまり、不足した感覚を自ら取り込もうとした行動といった仮説を立てることで、これまで危険行為を止める対応に追われていたことから、遊びを通して感覚情報を入力していくという発想に徐々に切り替わっていきました。
例えば、ブランコや巧技台の下にマットを敷きジャンプごっこをするなど、遊びを通した感覚の問題への実践を行うようになりました。
その結果、子どもたちは、遊びを通して感覚が満たされ落ち着く様子が増えた印象があります。さらに、大人がこれまでとは異なる感覚統合という視点を理解していったことも大きな収穫だったように思います。
以上、感覚統合で大切な前庭感覚(平衡感覚)について【療育経験を通して考える】について見てきました。
前庭感覚(平衡感覚)は、ほとんどが無意識な感覚だけあって理解が難しいものでもあります。
しかし、発達障害のある子は感覚の問題をもってる場合がよくあります。
そのため、子どもたちの理解にとって感覚の問題への理解はとても重要だと感じます。
私自身、まだまだ未熟ではありますが、今後もより良い発達理解と発達支援ができるように、知識と経験を踏まえた実践を大切にしていきたいと思います。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
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土田玲子(監修)石井孝弘・岡本武己(編集)(1998)感覚統合Q&A 改訂第2版 子どもの理解と援助のために.協同医書出版社.
木村順(2006)子育てと健康シリーズ㉕:育てにくい子にはわけがある:感覚統合が教えてくれたもの.大月書店.